Mステ、タモさんは2代目司会者でいいとも?

むかし〜むかし、ある所に「ミージックステーション」という番組かあったそうな。
(以下、省略)

MステのCMの間に流れる(B'zの松本孝弘さんが作曲した「1090 〜Thousand Dreams〜」)について調べようとWikiの「ミュージックステーション」の項目を見ていたら(歴代司会者?)そもそもその欄がある時点で頭の中は疑問だらけですが、そこにはこう書かれていました。

初代司会者はMステ開始まで放送していた「歌謡ドッキリ大放送」の司会者関口宏。番組開始当初は、若年層(若者)向けのJ-POPアーティスト系・アイドル系から中高年(40代-50代又はお年寄り)向けの演歌歌手まで出演するファミリー向けの番組であった。

ミュージックステーション - Wikipedia

これはMステの黒歴史扱いでいいのかな。いゃでも関口さんがMステの初代司会者だったなんて、総集編で過去のVTRが流れる時も司会はタモリさんでしたし(堂アナや竹内アナから考えると、男性2人体制だった「生島ヒロシさん時代」は、うんっ?と首を傾げてしまうでしたけど、)、ちょっと昔でいう「THE夜もヒッパレ」的な番組だって言う事も初耳でしたね。

実際、関口さんが司会を担当していたのは、1986年10月24日〜1987年3月までの僅か5ヶ月間。関口さんからタモリさんに司会者がバトンタッチした理由についてwikiにはこう書かれています。

関口が特に若年層向けの歌手や音楽についていけなかったことや(関口は「おじさんだから」とよく発言していた)、若者が演歌についていけなかったことや、さらに、裏番組の日本テレビ太陽にほえろ!』やTBS『風雲!たけし城』といった高視聴率番組が控えていたため視聴率も低迷。半年後の1987年3月をもって関口が降板した。

同年4月より、かつて同局の『夢のビッグスタジオ』の司会やTBS『ザ・ベストテン』の臨時司会をしていたタモリが、テコ入れのため2代目司会者として就任した。

タモさんっていいとも!やMステの若い出演者に囲まれて盲点になっているけど、実は、関口と年が2歳しか離れてないんですよね(タモリさんが2個下)ほぼ同年代です。そう考えると、60代であれだけジャニーズと絡めるタモさんの知識量と好奇心はいったい何処から湧き上がるのか。サザンやB'z とか大御所を除けば、「青山テルマさん」「中山優馬 w/B.I.Shadow/NYC boys 」20代は孫の年代ですからね。

でもタモさんはトーク中、思っているより曲に触れてません。それこそが、タモリ流話術の極意?